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変わる『稲村ヶ崎駅』その3

 27, 2015 00:58
IMG_0014 (2)

バリアフリー工事が始まった江ノ電の「稲村ヶ崎駅」。
実は開業当初、今と別の場所にありました。
今回は「稲村ケ崎駅の歴史」をちょこっと振り返ってみます。

開業当初の「稲村ヶ崎駅」は、今の場所より100mほど鎌倉寄りの場所にありました。
inamura.jpg
「国土地理院」の閲覧サービスを元に、稲村ケ崎周辺の地図を書いてみました。
黒い太線が江ノ電の線路、黒い線が道路です。
(フリーハンドでちゃちゃっと書いたので下手くそですみません)
終戦後の昭和21年での空撮写真をみると、上の赤い地図の部分の場所にあるのが判別できました。
下の写真(平成22年頃撮影)を撮った踏切の近くです。
IMG_0015 (2)
この場所を反対側から撮ったものがコチラ↓
inamura_old.jpg
ちょうど現在の駅の場所から旧駅跡を見た感じとなります。(平成22年頃撮影)
赤とピンクの丸で囲ったところが、かつての「乗り場」の跡。
昭和21年当時、江ノ電はまだ路面電車でホームがなく、小高い盛り土だったようです。
また開業当初はピンクの場所で、やがて行き違いの複線となり、最後は赤い丸の部分となりました。
(「江ノ電賛歌」(吉川文夫著、大正出版(1985/10))の山川振作氏の回顧より))

国土地理院の空撮の記録は昭和21年の次が、昭和31年となっており、その間の10年がありませんでした。
(その空中撮影もアメリカ軍が行ったもので、当時の情勢を窺わせます)
昭和31年の空撮記録では、稲村ケ崎駅は現在の場所にすでに移転。
旧駅だった場所は空き地になっていました。

江ノ電では昭和20年から昭和30年までの間、何があったかといいますと
・東急グループから離脱。社名を「江ノ島鎌倉観光」に変更。
・鎌倉駅に乗り入れ&線路幅の変更。
・江ノ島に展望台を設置。
・小田急グループの傘下に。
そして昭和30年に「ホームの嵩上げ」が完了しています。

おそらく線路幅の変更とホームの嵩上げの際に、稲村ケ崎駅は移転したのかと思われます。
(あくまでも個人的な推測)

IMG_4731 (2)
そして、昨年の平成26年春に撮影した写真がこちら。
踏切のそばにあった木造家屋が取り壊され、線路が良く見えるようになりました。
この画面の奥に今の稲村ケ崎駅があります。
その手前で線路が蛇行している部分が、かつて駅があった場所です。

木造家屋があった場所は現在、江ノ電が所有し駅改良の資材置き場等になっています。
(これにより、例の「踏切騒動」があった訳ですが・・・)


普段は何も気を留めない「江ノ電の線路」。
しかし、今に至るまで様々な歴史を刻んできたことが分かります。

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