今なお残る「江ノ電『601号』」その1

 04, 2016 21:30
601-1

かつて、江ノ電には「600形」という車両が走っていました。

江ノ島駅近くの『「江ノ電もなか」のお店(扇屋)にある”電車”』と言えばピンと来る方も多いはず。
その相棒だった電車も、今なお残っています。

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「江ノ電600形」は、かつての「東急玉川線」で活躍していた「デハ80形」という車両でした。

「東急玉川線」とは、渋谷を起点とした東急の路面電車でした。

しかし、高度経済成長に伴い都市化が進み渋滞が慢性化。
路線は地下化され、地上区間の大部分は廃止となりました。
(地下化された区間は「新玉川線」となり、現在は「田園都市線」の一部。)

また廃止を免れた区間が、現在の「東急世田谷線」。
今もなお庶民の暮らしを支えて走り続けています。

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東急玉川線が廃止されたのが1969年(昭和44年)。
翌年の1970年、4両が江ノ電に譲渡されました。

このうち2両(603、604)は1983年に廃車。
残った2両(601、651(602))も1990年(平成2年)に廃車となりました。

しかし幸運なことに、601号車は生まれ故郷である、東急世田谷線の「宮の坂駅」に保存されることとなりました。
(もう1両の651は先頭部分だけ前述の扇屋に保存)

なぜ601号車だけ里帰りでき、今なお残っているのか・・・?
これは本当に幸運が重なったからとしか言えません。

601号車が廃車になる際、たまたま世田谷区の「宮の坂駅」の改修と合わせて「区民センター(公民館)」が建築中だったこと。
そのシンボルとして世田谷区が江ノ電から購入し、駅の横に保存したのです。

601-2

(601号車の連結側。東急時代はこちら側にも運転台があったが、江ノ電では撤去された。)
(なぜ連結面を道路側に向けているのかは、全くの謎・・・。)


保存された時は、まだ世田谷線も古い車両が現役で走っていたので、これは異例だったことでしょう。
(当時はバブル経済の真っ只中だったので、色々潤っていたのかもしれません)
そんな訳で601号車は、塗装が東急時代の「緑色」になったものの、面影はそのままで保存されました。

601-5

安住の地を得たと思われた601号車ですが、その10年後、思わぬ事件が。

1999年から2001年にかけて世田谷線の車両が、「新型車両」に置き換えられたのです。
それまで残っていた世田谷線の車両は老朽化が激しい為、姿を消すこととなりました。

当然ながら、「世田谷線の旧型車両」の保存活動」が起きました。
一時は「江ノ電601号車を退かして・・・・」なんて話もあったのだとか。
(601号車は「江ノ電」仕様に改造されていた為、当時の世田谷線の旧型車両とは異なっていた)

しかし、世田谷線の車両の購入費用や保存場所、運営方法などで行き詰まり、計画は頓挫。
結果として、この江ノ電601号車が「生き証人」として、そのまま残ることになりました。
601-3

(世田谷線の電車を見送る江ノ電601号車。今日も後輩たちの活躍をひっそりと見守る)

601号車が宮の坂駅に保存されてから、今年で26年目。
江ノ電で活躍していた期間が20年でしたので、それよりも長くここにいることになります。

(続く)

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