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紅梅とともに

 12, 2013 22:27
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どんなにツラいことがあっても。
諦めないで、手を取り合って。
そして花を咲かせてましょう。
いまは小さくとも、いつか大輪の花を。

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震災のことを思い出すと、いくら文章を書いても書き尽くせない想いが沢山あるのが、正直な気持ちです。
私は小さいですが某インフラを支える仕事に就いています。
あの時は不安よりも何よりも、いかに早く復旧させるか頭でいっぱいでした。
幸い停電せずに済んだものの、困難の連続でした。

ひととおり片付いて思ったことは、
「何の不自由もない生活を過ごせることは、とても幸せなこと」
でした。

電気は使えて当たり前。
水道は使えて当たり前。
電話は使えて当たり前。
ご飯はお店に行けば買えるのが当たり前。
電車もバスもいつも同じ時間に来るのが当たり前。

今思うと「当たり前」の生活に囲まれて、ある意味、感覚がマヒしていたんだなと。
裏を返すと、「当たり前」のものが一つでも欠けるとパニックになりやすい世の中になったしまったのかもしれません。

その「当たり前の生活」は「豊かな生活」で、その生活は「電気」によってもたらされているものだと私は感じます。

被災地では、まだ避難を余儀なくされ不自由な生活の人達が大勢います。

しかし、首都圏では何事も無かったのように時間が過ぎていきます。


「原発反対」と訴える人達もいます。
確かに原発事故で放射能物質が大量にばら撒かれてしまいました。

いま原発はすべて止まっています。
でも廃炉にするまでには数十年の歳月がかかります。
それに廃炉にするまで常に原子炉を冷やさないとなりません。
発電していなくても冷却するための電力が必要なのです。



今の「当たり前の生活」を維持するには「電気」が欠かせないことを、震災で身に染みました。

火力発電では海外から資源を輸入しなくてはなりません。

太陽光発電はまだ期待できるほどの発電量が確立出来ていません。


では、どうすればいいのか?


たぶん正解なんてないのだと思います。

でも、ひとりひとりが、「これからどうしていくか」を自分で考えなければならないのだと思います。


偉そうに言ってしまいましたが、私も毎日模索するばかりです。
乱筆乱文、失礼いたしました。
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